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札幌地方裁判所 昭和49年(ワ)460号 判決

原告

岡川ミドリ

外三名

右四名訴訟代理人

武田庄吉

外一名

被告

大成建設株式会社

右代表者

南幸治

被告

柏倉建設株式会社

右代表者

柏倉啓一

右被告両名訴訟代理人

廣井淳

外三名

主文

一  被告らは、各自、

原告岡川ミドリに対し、金四六七万二一五八円および内金四二二万二一五八円に対する昭和四八年一一月三〇日から、内金四五万円に対する被告柏倉建設株式会社は昭和四九年五月二四日から、被告大成建設株式会社は昭和四九年五月二五日から、それぞれ支払い済みまで年五分の割合による金員を、

原告岡川博司、同岡川隆雄、同岡川友江に対し、各金五五六万七九〇四円および内金各五一一万七九〇四円に対する昭和四八年一一月三〇日から、内金各四五万円に対する被告柏倉建設株式会社は昭和四九年五月二四日から、被告大成建設株式会社は昭和四九年五月二五日から、それぞれ支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一事故の発生とその原因

被告柏倉に昭和四八年一一月二〇日雇傭された清が、翌二一日から札幌市中央区南一条西二丁目所在の訴外丸井新館増築工事現場において、稼働していたところ、同月二九日午後四時二〇分ころ、開放性頭蓋骨陥没骨折による脳裂傷の傷害を負い、直ちに、市立札幌病院に収容されたが、約三〇分後に死亡したことについては、当事者間に争いがない。

そこで、清の死亡原因について検討する。

〈証拠〉を総合すると、清は本件事故が発生した当日同僚の前田徳一、岡川正とともに、地下二階の東西幅6.5メートル、南北幅5.5メートルの機材搬入用開口部から、約四メートルのパイプを六メートル下に在る地下三階に投げ下ろしていたのであるが、そのパイプ投下の際に、足場用板と誤つて、型枠用下拵材である厚さ約一センチメートル程のベニヤ板に乗つたため、これが折れ、清は、そのまま頭を下にした状態で、地下三階にまで墜落し、後頭部を床(コンクリートの打設は、未了であつたと推認される。)に強打し、前記当事者間に争いのない傷害を負つて、死亡するに至つたものと認められる。もつとも、〈証拠〉によると、右後頭部の傷口は約三センチメートルであつたこと、清が転落した後も、これに気付かなかつた岡川と前田は、なお数本のパイプを投げ下ろしていることが認められるが、事故の発生直後に、清の転倒している状態を目撃した前掲竹花徹の証言によると、清は頭を下にして、足を三〇度位上げたような姿勢で仰向けに倒れていたことが認められるので、清の受傷は、逆さまに墜落して、後頭部を強打したことに起因すると推認するのが相当である。

二本件事故の原因・態様

被告大成が、建築請負を業とする株式会社で、昭和四八年七月六日訴外丸井から、本件工事を請負い、コンクリートを打設する際に用いる型枠の作成とその取付けとを、被告柏倉に下請させたことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、被告大成は、本件工事現場に、工事長以下七、八名の社員を常駐させ、工事の進行と作業の手順を統括しており、被告柏倉も被告大成の指示と監督を受けながら、その請負つた作業を進めていたもので、本件事故当日も、被告大成の社員で、本件工事の現場主任である竹花の指示によつて行なつていたものであることが認められる。

そして、〈証拠〉によると、清は被告柏倉に、ベニヤ板を型枠用のために加工する大工を補助する比較的単純な作業に従事する労務者として、岡川正、前田徳一と一緒に雇傭された者であるが、それまでに建築工事現場で働いた経験が全くなかつたにもかかわらず、被告柏倉の労務係等からは、格別、高所の作業の危険性について警告され、その安全を確保するための教育を受ける、こともなく、昭和四八年一〇月二一日から、被告柏倉の社員あるいはその雇傭した大工の指示に従つて、その命ぜられた作業に従事していたものであること、本件事故が発生した昭和四八年一一月二九日午後四時二〇分ころには、清は岡川正、前田徳一と一緒に、大工の松山明の指示で、既に、コンクリートの打設が済んだ地下三階から、型枠を締め付けるためのパイプを、開口部をとおつて、一旦、地下二階に運び、これをさらに別の機材搬入用開口部から、コンクリートの打設が終つていない地下三階にまで下ろす作業をしていたのであるが、この際に、清らは、松山の指示によつたものであるか、はつきりしないが、すくなくとも、そのような指示があつたと考えて、昇降用の階段を利用して、手送りで下ろす等の安全な方法を採らないで、運んできたパイプを右の機材搬入用開口部に身を乗り出すようにして、地下三階に向けて、担いでいる肩からそのまま投げ下ろしていたこと、ところが、清はパイプを右肩で担いでいたため、開口部が左側に位置することになつて、進行してきた切梁の上から投げ下ろすことができないので、切梁と切梁との間に渡してあつた足場板から投げ下ろそうとして、誤つて、足場板と平行して置いてあつた型枠の材料であるベニヤ板の上に乗つたため、これが折れて転落するに至つたものであること、このベニヤ板を誰が置いたかは明らかでないが、型枠の材料であることからすると、被告柏倉の従業員が放置したものと推認されること、以上の事実が認められる。

三被告らの責任

(一)  雇傭契約において、雇主は被傭者に対して、信義則上、雇傭契約の付随義務として、その被傭者が労務に服する過程で、生命及び健康等を害しないよう労務場所その他の環境につき、配慮する義務、すなわち、安全配慮義務又は安全保証義務を負うと解すべきであるから、本件においても、被告柏倉は、雇主として被傭者である清の生命及び健康を危険から保護するように配慮すべき義務を負つていたといわなければならないが、被告大成も前記認定した事実によると、被告柏倉に対して元請負人として、工事上の指図をし、その監督のもとに、工事を施工させていたのであつて、清にも、被告柏倉との雇傭契約を前提として、支配が及んでいたといえるから、その関係は、雇主と被傭者との関係と同視でき、同様の安全配慮義務を負つていたというべきである。

(二)  右の安全配慮義務の具体的内容は、当該具体的状況等により決せられるべきであるが、本件の場合に、被告らが、具体的に如何なる義務を負つていたかを検討する。

労働安全規則六五三条は、二メートル以上の高さの物品揚卸口で、墜落によつて労働者に危険を及ぼすおそれのあるところには、囲い、手すり、覆い等を設けなければならない旨定めているが、清の転落した機材搬入用の開口部に、囲い、覆い等を設けることを期待することは、その用途からすると無理であろうが、事故の態様からすると、被告が主張しているような頑丈なものは出来ないとしても、仮設のものでも、手すりが具備されていれば、清の転落は、防止し得たと考えられる。また、清に対して、本件工事に従事する前に、予め、高所作業についての安全教育を充分施し、地下二階から地下三階にまでパイプを下ろす作業をするについても、被告らが主張するような、昇降階段を利用して行う等の他の安全な作業方法があつたのであれば、これを明示すべきであつたといわねばならない。さらに、型枠の作成の作業が終了した段階で、作業資材の点検を充分に行つていたならば、ベニヤ板が足場板と並んで放置されているような事態を防ぎ得たことも明らかである。

すなわち、本件の場合、被告らは、開口部に墜落防止のために、手すりを設けるか、安全教育を清に対して充分施すか、あるいは、作業環境の点検を完全に行うべき義務を負担していたと解せられるところ、手すりを設けていなかつたことは、被告らの自認するところで、安全教育を充分に施していなかつたこと、作業終了後の資材の点検が不充分であつたことは、既に認定したところから、明らかであつて、被告らは、この点において、清に対する雇傭契約上の安全配慮義務を履行しなかつたものといわざるを得ない。

(三)  被告らは、右義務の不履行につき、帰責事由がない旨主張し、労働安全法規則第五三六条二項には高所からの物体の投げ下ろしを禁止する旨の規定があり、清の行為がこれに抵触すること明らかであるが、これは、既に認定したとおり原告に対する帰責事由というより、安全教育を被告らが充分に行わなかつたことによるものと考えられ、また、安全配慮義務というのは、危険の発生が被傭者の作業による不馴れ、不注意によつて惹起される場合をも予想して、被傭者を保護しなければならないものと解するので、たとえ、被告らが抗弁(一)で主張するような事実があつたとしても、本件保護義務の不履行につき、被告らに帰責事由なしとはしえない。

したがつて、被告らの免責の抗弁は採用することができず、被告らは、本件事故により生じた損害を賠償する義務があるといわねばならない。〈後略〉

(畔柳正義)

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